さて、そのストーンズのカバー曲のレパートリーがかなり貯まったので、来年からまたこのベイエリアでの活動を再開しようともくろんでいる。
僕が今住むこの米西海岸の界隈では、自分の求める往年のシカゴブルースのサウンドは、もはや需要も供給も限られている。自分自身の活動も、日本人が演奏するブルースにアメリカでどれだけの集客力があるのか、という根本的な難点が常にある。
実は僕は今、この数年の間に力を入れてきたストーンズ・トリビュートに、来年以降のポテンシャルを見出している。
ストーンズの音楽の根底には、濃いブルース・フィーリングが流れている。そこを踏まえたストーンズ・トリビュートバンドは、そう多くないのではないか。まずはまたバンドのマーケティングからスタートだ。
差し当たりは、来年の始めに10年以上ぶりにデモCDの録音に取り掛かろう。すでにそのプロジェクトのメンバーをベイエリアで確保した。春の日本ツアーまでには、新しいCDを持って行きたいものだ。
アメリカでは、何のコネもない店に名刺代わりにCDを置いて行ったところで、それはゴミ箱に直行するのがオチだ。それは10数年前に僕が自分のリーダーバンドでブルースを演ろうと決意したとき、嫌というほど経験した。シカゴに引っ越した当初も、最初の半年は仕事が無かった。
しかし忍耐強くドアをノックし続けると、いつかそれが開かれるのがアメリカの社会だ。これから初心に戻って、またスタートラインに立とう。