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「来年の方向について」(その3) 

さて、そのストーンズのカバー曲のレパートリーがかなり貯まったので、来年からまたこのベイエリアでの活動を再開しようともくろんでいる。

 

僕が今住むこの米西海岸の界隈では、自分の求める往年のシカゴブルースのサウンドは、もはや需要も供給も限られている。自分自身の活動も、日本人が演奏するブルースにアメリカでどれだけの集客力があるのか、という根本的な難点が常にある。

 

実は僕は今、この数年の間に力を入れてきたストーンズ・トリビュートに、来年以降のポテンシャルを見出している。

 

ストーンズの音楽の根底には、濃いブルース・フィーリングが流れている。そこを踏まえたストーンズ・トリビュートバンドは、そう多くないのではないか。まずはまたバンドのマーケティングからスタートだ。

 

差し当たりは、来年の始めに10年以上ぶりにデモCDの録音に取り掛かろう。すでにそのプロジェクトのメンバーをベイエリアで確保した。春の日本ツアーまでには、新しいCDを持って行きたいものだ。

 

アメリカでは、何のコネもない店に名刺代わりにCDを置いて行ったところで、それはゴミ箱に直行するのがオチだ。それは10数年前に僕が自分のリーダーバンドでブルースを演ろうと決意したとき、嫌というほど経験した。シカゴに引っ越した当初も、最初の半年は仕事が無かった。

 

しかし忍耐強くドアをノックし続けると、いつかそれが開かれるのがアメリカの社会だ。これから初心に戻って、またスタートラインに立とう。

「来年の方向について」(その2) 

シカゴからカリフォルニアに戻ったのが2020年の春だった。それ以来、4年間にわたり僕は飛行機に長時間乗るのが嫌で、それまで毎年行っていた日本でのライブハウスツアーをしばらく中断することになる。しかし一昨年からまた日本ツアーを再開し、今は年に2回、春と秋に2週間ずつ日本に行っている。

 

日本にはるばる演奏をしに行くその大きな動機は、自分のやりたい音楽を自由にやれるからだ。

 

最近では、日本で共演者に恵まれ、プログラムもその日のメンバー編成によって次のように多様化して来た。

 

  1. “モダン”なギターブルース
  2. ダウンホーム・シカゴブルース
  3. ウェストサイド・シカゴギターブルース
  4. オルガンをフィーチャーした初期R&B

 

さらにはこの数年の間に力を入れているのが、ローリング・ストーンズ・トリビュートだ。

 

ストーンズの音楽は、黒人ブルース音楽の延長線上にある。それにストーンズの曲は仕掛けが多い。僕はこの2年間は、このベイエリアでの活動を休止して、ストーンズ曲の習得と日本ツアーだけに集中して来た。

 

キース・リチャーズのギターを弾きながら、ミック・ジャガーの歌を歌うのがいかに難しいか、想像に難くないと思う。しかし、時間をかけた甲斐があって今ではストーンズ特集は、自分のツアーの重要なプログラムの一つになった。

(続く)

「来年の方向について」(その1) 

今年も残すところ2か月あまり。来月の日本ツアーから戻ると、アメリカでは何かと気ぜわしいホリデー・シーズンだ。

 

僕がアメリカに移住したのが1987年の秋なので、この国での生活は今年でもう40年目に入った。人生の半分以上を大きく超える時間をこの国で過ごしたことになる。当初アメリカに来たのは音楽をやるのが目的ではなかったから、人生は不思議だ。

 

僕は大阪で中学から高校1年までロック少年だったが、高校2年のときに、オーティス・ラッシュのディープなブルースに出くわして以来、これまでにほぼ半世紀にわたりシカゴ・ブルースを掘り下げて来た。

 

それが高じて2017年から約3年間、ブルースのメッカであるシカゴに住んだ。その間に幸運にも現地で仕事にありつき、当地の老舗ブルースクラブのキングストン・マインズ、B.L.U.E.S.,ブルー・シカゴなどで計200本ほどレギュラー出演する機会に恵まれたのは、今では良い思い出だ。

 

しかしシカゴで見たのは、僕の求めていた往年のシカゴブルースがもはや伝統芸能と化しており、ごく少数のプレーヤーにより細々と引き継がれているだけだった。シカゴの街はブルースミュージシャンの質も量も圧倒的に凄い。だがそのブルース音楽のサウンドは、時代と共により洗練され、あるいは大音量のものへと変わりつつある。

 

僕は2020年の始めに、ちょうどパンデミックで世界が大騒ぎになる前に、シカゴからカリフォルニアの元の家に戻った。アメリカではそれから2年間はバーやレストランは閉まって演奏する場が全く無かったから、極めて運の良い決断だった。あれは神様の啓示だったのか。

(続く)

「ロック少年時代への回帰 (後編)」 

僕は17歳で黒人ブルースに出会って以来かれこれもう半世紀にわたり、ブルースやソウル音楽を聴き込んで来た。それ以来、ある意味ではロック音楽から受けて来た影響を自分のギターから排斥しようとして来たとも言える。

 

僕がアメリカに来た当初の目的は音楽をやることではなかった。が一方、ブルースへの音楽志向が自分になければ、アメリカに移住はしなかっただろうことも事実だ。

 

しかし自分の一番好きな、かつて「ウェストサイド・シカゴブルース」と呼ばれたサウンドはもはやシカゴですら聴かれない。ブルースのメッカであるシカゴでは、時代と共にそのサウンドはより洗練されて来た。そこには、爆音ブルース・ロックの影も忍び寄せている。

 

今住むカリフォルニア州では、伝統的にスイング系のジャンプ・ブルースが盛んである。だがもう、僕がライブを観に行きたいと思うブルースバンドは、この界隈には居ない。

 

これまで長年掘り下げて来た往年のダウンホームなシカゴブルースは、むしろ日本に行った方が根強い需要がある。1970年代に日本で起こったブルースブームを体験した世代は、シカゴブルースのシャッフル・グルーブにハマった人が多い。

 

それは今僕が、日本ツアーをエンジョイする大きな理由の一つだ。

 

その一方で僕はこの2年間、アメリカでのライブ活動は休止して、ストーンズ曲を習得することに集中した。彼らの音楽はブルース音楽の延長線上にある。

 

キース・リチャーズのギターを弾きながら、ミック・ジャガーの歌を歌おうなどという身のほど知らずは、おそらく激レアではないだろうか。しかも彼らの曲にはやたらと仕掛けが多い。

 

しかし時間と労力をかけた甲斐があって、ようやく40曲ほどレパートリーが貯まって来た。

 

今月、ベイエリアのプライベートなパーティーで、ストーンズ・トリビュートを演奏する。これをきっかけに、ベイエリアでの活動再開につながるだろうか。

 

(後編 終わり)

「ロック少年時代への回帰 (前編)」 

この4、5年ぐらいの間に僕はローリング・ストーンズの音楽を掘り下げるようになった。デルタブルースで使われる変則チューニングを試している間に、キース・リチャーズのギターにぶち当たって以来だ。

 

それが高じて、僕は今では日本ツアーのプログラムの一つに、ストーンズ・トリビュートを加えている。

 

さらにそれがきっかけで、1960年代後半から1970年代にかけての、いわゆるクラシック・ロックを最近よく聴いている。

 

僕は中学生の頃から高校2年でシカゴブルースにハマるまでは、ロック少年だった。

 

中1の時に初めて行ったロックコンサートが大阪で観たC.C.R.で、そのあとディープ・パープルを2回、レッド・ツェッペリン、ELP、ステイタス・クゥオ、ロリー・ギャラガー、レオン・ラッセル、サンタナ、ロイ・ブキャナン、スリードッグナイト、ウイッシュボーン・アッシュ、レイナード・スキナード、エリック・クラプトン、ジェイムス・テイラー、などを観た。

 

20歳代後半にアメリカに移住してから現地で観たのは、オールマン・ブラザーズ、ローリング・ストーンズ、ドゥービー・ブラザーズ、グレイトフル・デッド、ボブ・ディラン、ボニー・レイット、ジャクソン・ブラウン、ハート、リトル・フィート、イエス、ザ・フー、スティーリー・ダン、ジェフ・ベック、ブロンディ、B52、ジョン・フォガティー、ボズ・スキャッグス、イーグルス、サイモン&ガーファンクル、ポリス、CSN&Y、EW&F、レッドホットチリペッパーズ、ジェイムス・ブラウン、TLC、などがある。

 

さらにブルースやジャズ系を含むと、これまでに数え切れないぐらいのライブを観てきた。

 

不思議なことには、中学・高校時代に日本で観たコンサートは今でも鮮明に記憶に残っているものがあるのに、後年になってアメリカで観たものは記憶が何となく曖昧なものが多いことだ。10歳代の柔軟な感性には、やはり印象が強く刻まれると言うことだろうか。

(後編に続く)

「日本ツアーに期待すること」 

SNSで、あるプロの写真家がプロとアマチュアの違いについて意見を述べておられた。

 

アマチュアは膨大な時間と労力をかけて1枚、プロの技術を上回るような写真が撮れれば趣味として成り立つ。しかし、プロは限られた時間と予算の中で、一定の質を保って結果を出し、それでまた次の仕事を取ってこないといけない、と。非常に的を得ている。

 

僕は10数年前に昼の会社勤めを辞めて、フルタイムでブルース音楽を演奏するようになって以来、ずっとプロ活動をしてきた。特にシカゴのブルースシーンをサバイバルした3年間は、言わば大リーグを体験したようなものだ。

 

今の僕は、やりたいギグだけをやりたいようにやっている。それに、ライブハウスを回る日本ツアーでは毎回、セットリストを大きく入れ替えている。ことライブの準備に関しては、たゆまず個人練習を重ねて最良質のパフォーマンスを引き出すことが、自分には音楽の「楽」の部分に相当する。

 

だからこそ、ツアーの共演者の方々には期待度が高い。コストパフォーマンスを度外視で十分な準備をしてくれるプロと、半年に一度のLIVEのためにおそらくは多大な時間を割いてくれるであろうアマ、この両者の貢献で街から街へ一人で渡り歩く僕のツアーは成り立っている。

 

これまで共演が上手く行ったメンバーは、曲を体に落とし込むだけの充分な準備をして来てくれた方々ということになる。ただ曲を間違わずに演奏しただけでは物足りない。セットリストにある曲を題材に、自己の表現をできるかどうかが聴衆の心に届く鍵だ。

 

すなわち、音や声を出した瞬間に、聴衆を自分の世界に引き込めるように切磋琢磨すること。それが、わざわざライブに来て下さったお客さんからカバーチャージを頂くに値するプレーにつながるのではないか。

 

僕の見地からは、あるのは結果だけで、そこに至る努力のプロセスは問題ではない。それは、日々の練習など誰でもやっていることだからだ。

 

日本ツアーでは、プロはプロならではの完成度で、アマはアマならではの熱意と感性で、それぞれにこちらの期待に応える結果を出して頂いていることに、僕は感謝の気持ちでいっぱいだ。

「キース・リチャーズのギターについて思うこと」 

僕は近年になって、日本ツアーのプログラムの一つに、ローリング・ストーンズのトリビュートを新企画として始めた。

 

キース・リチャーズのギターは、掘り下げるほどにその才能の豊かさが分かる。ギターの巧さに関しては、世界にはもっと上手いギタリストが居るかも知れない。

 

が、彼の凄さはそこではなくて、その一つはオープンGチューニングをロックンロールに取り入れたパイオニアだと言うこと。ストーンズの数々のヒット曲は、彼のギターのリフ無しには存在しなかっただろう。

 

僕は、2代目リードギタリストのミック・テイラーが在籍した、1960年代終わりから70年代始めの5、6年間のストーンズが一番好きだ。キース・リチャーズの歯切れ良いリズムギターの上に乗っかって、ミック・テイラーのブルースギターが自由自在に空間を縫っている、あの好対照な緊張感が気持ちいい。

 

その時期にストーンズは、次々と傑作アルバムをリリースし、イギリスを越えて世界的なロックバンドとなった。

 

僕がビートルズよりストーンズにいっそう共感できるのは、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが作る曲が、黒人ブルースやソウル音楽をルーツにしてるからだ。

 

思うに、ストーンズのトリビュート・バンドが世の中に少ないのは、彼らの内面に秘めたヘビーなブルース・フィーリングを再現できるプレーヤーが少ないからではないか。つまり、そこを押さえずにストーンズの曲をカバーしても、それは上滑りになるだけだろう。

「曲のグルーブについて」 

僕は趣味でたまにゴルフをするが、しばらくクラブを振っていないと、スイングを取り戻すのに時間がかかる。打ちっ放しで練習を続けるとまた、スイングに少しタメが出て来て、球を真っ直ぐ遠くに打てるようになる。

 

楽器の演奏も同じで、タメが重要。曲を充分に知らないと無意識に気持ちが焦って、ノリがツンのめりがちになる。特にステージでは、人に観られているプレッシャーがあるから、それが顕著に出る。

 

僕は過去に日米で、共演者の中で何人かそう言うプレーヤーを見て来た。楽譜の上では正しくプレーしていても、グルーブが詰まってこちらが歌いにくいことがある。別にリズムはハシっていないので、間違ってるわけではない。

 

グルーブというのは音と音の間の大きな波のようなもので、そこを凝縮したのでは、息が詰まってしまうということだ。

 

要は、曲を体に落とし込んでるかどうかではないか。それが余裕のある演奏につながるし、聴いている方も安心してノレるのだろう。それには練習しかない。

 

僕は固定したメンバーでレギュラーのバンドを持っていない。だから、たまにしか会わないメンバーと新しいセットリストでライブをやるとき、これは常に気になる課題だ。

「日本で入手したブルース・アルバム」 

最近、日本で手に入れた日本のブルースアルバム2枚について。

 

ひとつは、日本のブルースハーモニカの草分け、妹尾隆一郎氏の「メッシング・アラウンド」の再発デラックス盤。未発表曲が2枚目のCDに丸一枚分たっぷり入っている。

 

日本でブルースブームが起きた1970年代、つまり50年以上も前に、既にこの完成度の高いシカゴのハーモニカ・ブルースが日本で演奏されていたのは驚きだ。

 

もう一枚は同じ時期に、つまり僕が高校時代にラジオで聴いたことのあった、スカイドッグ・ブルースバンドのデビューアルバム。彼らは、当時は「モダン」とされたシカゴのエレクトリック・ブルースを日本語で歌っていた。

 

日本人が日本語でブルース音楽を再現するのは、時代に関わらず素晴らしいことだ。それは、英語のハンディキャップや、ブルースの背後にあるゴスペル音楽の宗教的な重荷が無くなるから。つまり、日本で生まれ育った環境の違いの要素の多くが省ける。

それに聴衆の対象は日本人なので、海外で日本人が体験するであろう人種差別も無いし。

「今秋の日本ツアー」 

僕が毎年、米西海岸から日本へライブハウス・ツアーに行き始めたのが2013年なので、今年でもうかれこれ13年目になる。
 
 
ツアーを始めた当初は、「地元」の京都と大阪だけだったが、長い時間をかけてさらにそれを神戸、名古屋そして東京へと拡張して行った。
 
 
今では春と秋に2週間づつ、それぞれ10本のライブを行なうようになった。
 
この数年でライブの本数が増えただけでなく、今秋11月のツアーのプログラムは5種類の多岐に及ぶ。
 
 
(1) ジャズギターの畑ひろしさんをゲストにモダンなギターブルース。
 
 
(2) ジャズオルガンの小野みどりさんをゲストに、初期R&Bおよびソウル特集。
 
 
(3)ブルースギターの岩崎一也さんをゲストに、ダウンホーム・シカゴブルース特集。
 
 
(4) フライングV のアルバート寄木さんをゲストに、世界でも類の無い「弦逆張り奏法」バトル。
 
 
(5) さらには、昨年より絶賛好評中の新企画、ストーンズ・トリビュート。
 
 
と、この5種類のプログラムで延べの演奏曲が100曲を超える。
 
 
自分のゴールは、どのライブのどこを切り取っても、聴衆の心に刺さる強い演奏をすることだ。一曲目からギアをトップに入れて、終演まで疾走するライブを常に目指している。
 
 
今が旬の我々の演奏を是非、日本の皆様にご覧頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。